映画「シャザム!」の公開がいよいよ迫ってまいりました!
まずこのシャザムというヒーローについてですが、日本ではスーパーマンやバットマンほど知名度は高くないと思います。
しかしこの作品が発表された当時のアメリカでは、あのスーパーマンをも凌ぐ売上を叩き出した事もある、全米一人気のあるキャラクターでした。
では、キャプテン・マーベルと聞けばどうでしょうか?
「ああ、今度映画になるMARVELの女性ヒーローでしょ?」と思い当たる方も多いかもしれません。
今回は、一般的にアメリカンコミックのゴールデン・エイジと呼ばれる1940年代にDC社とFawcett社の間で起きた、約12年間にもおよぶ、キャプテン・マーベルを巡る訴訟問題について解説したいと思います。
(なお、これらの経緯については、主にWikipediaおよび海外サイトを参考にしています)
この話に登場する会社
Fawcett(フォーセット)
ウィズ・コミックという雑誌でキャプテン・マーベルを連載していた会社です。
自社のキャラクターがDCのキャラクターのコピー商品であるとして、DCに訴えられます。
DC
言わずと知れたアメコミ出版社の最大手です。
キャプテン・マーベルの設定がスーパーマンに酷似しているとして、Fawcettを訴えます。
正確にはこの当時DCはまだ存在しておらず、裁判を起こしたのはディテクティブ・コミックおよびスーパーマンの版権を持つスーパーマン株式会社という兄弟会社ですが、ややこしいので以下はDCに統一します。
MARVEL
言わずと知れたアメコミ出版社の最大手です。
「MARVEL」を商標登録し、自社で独自のキャラクター「キャプテン・マーベル」を出版します。
チャールトン・コミック
Fawcettの持っていた一部キャラクター商品の権利を買取ります。
【公判前手続】DCがキャプテン・マーベルの差し止めを要求
まず1939年にDCは、Fawcettに対し同社のキャラクターである「マスターマン」がスーパーマンに類似しているとして訴えています。
この時はFawcettも強くは出ず、大人しくマスターマンの出版を差し止めました。
ですが1941年にDC側が主張した、「ウィズ・コミックスで連載されているキャプテン・マーベルがスーパーマンのコピー商品である」という訴えには異議を唱えます。
キャプテン・マーベルはFawcettで約2年におよび連載されていた看板作品であり、初の映画化作品として成功を収めていたので、流石にこれを手放す事はできないと判断したのでしょう。
ちなみに両作品の類似点としては、主に以下の3つが挙げられています。
- キャラクターの持つ飛行能力
- 敵がマッドサイエンティスト
- 10代のサイドキックの存在
1941年6月にDCはFawcettおよびリパブリック・ピクチャーズ(キャプテン・マーベルの映画を作った会社)に対し、作品を差し止めるよう要求しましたが、両社がこれを受け入れなかったため、同年9月に訴訟に踏み切ります。
ですが裁判はなかなか始まらず、1948年3月にようやく始まるまでになんと7年間も要しています。
ちなみにこの頃までには、ディテクティブ・コミックとスーパーマン株式会社は合併してナショナル・コミックとなっています。
一方、キャプテン・マーベルは1940年代の半ばまでに驚異的な売上を誇る人気ヒーローとなっていき、Fawcettはキャプテン・マーベルJr.やマリー・マーベルなどのスピンオフ作品を含めた「マーベル・ファミリー」シリーズを展開していきます。
【判決】スーパーマンは著作権の対象ではない?
DC側の主張は、キャプテン・マーベルの主な能力(強さ、速さ、無敵性、マント付きのピッタリしたスーツ)および、キャラクターの特徴(スーパーマンの普段の職業が新聞記者であるのに対し、キャプテン・マーベルはラジオレポーターという設定だった)は、明らかにスーパーマンを模倣しているというものでした。
一方Fawcett側は、「2つのキャラクターは確かに似ているが、その類似性は特許を侵害するものではない」と反論しています。
これに対しDC側は、証拠として150ページを超える厚さのバインダーを用意しました。
この中では紙面上での両者を並べ、スーパーマンの活躍と似たようなシーンが、後に発売されたキャプテン・マーベルでも描かれていると述べています。
対するFawcett側は、キャプテン・マーベルの出版初期の頃の偉業や、ポパイやターザンのような他の英雄的キャラクターについて例を提示し反論しています。
また、Fawcettの従業員やフリーランスで雇われていたアーティストに対し、キャプテン・マーベルを作成するにあたり、スーパーマンの漫画からコピーすることを要求されていたかどうかについて証言が求められました。
この時の判決では、Fawcett側の弁護士がDCとマクルア新聞社組合(*)で結ばれたスーパーマンの著作権の締結が不十分であるという証拠を提示し、裁判官がこの主張を妥当と認めた事もあり、Fawcett側に有利になりました。
※当時スーパーマンは日刊新聞の連載マンガでした
ですがこの後、この判決が覆ることになります。
【控訴】ヒーロー人気凋落、DCとFawcettは和解の道へ
この判決を受けてDCは、1951年に第二審で控訴し、裁判所の判決の一部が覆えされます。
確かにマクルア新聞社組合はスーパーマンの著作権を有していないものの、 DCの持つ著作権は有効であることが認められ、キャプテン・マーベルがその著作権を侵害していると断定されたのです。
裁判官は、キャプテン・マーベルのキャラクター自体に問題があるのではなく、むしろ特定のストーリーや超能力などの設定が侵害にあたる可能性があるとし、再審のためこの案件を下級裁判所に送り返しました。
この時Fawcettは第二審の判決に対し最高裁判所に控訴することも出来ましたが、法廷外でDC側と和解する道を選びます。
というのも、1950年代初頭にはスーパーヒーロー漫画の売り上げが劇的に減少しており、これ以上DCと戦っても損害が膨らむばかりだと判断したのです。
DC側もこれを受け入れ、FawcettはDCに400,000ドルの損害賠償を支払い、キャプテン・マーベルに関連するすべての漫画の出版を中止することに同意しました。
【訴訟の結果】キャプテン・マーベルのその後
Fawcettは、スーパーヒーロー漫画の連載をすべて中止し、一部キャラクター商品(キャプテン・マーベルの格好をしたウサギのキャラクター)の再版権をチャールトン・コミックに売却、チャールトン・コミックはそれらをFawcettのものとは別物として売り出しました。
Fawcettの漫画本部門スタッフは全員解雇され、漫画部門は閉鎖されました。
この後、1960年代までにはスーパーヒーロー漫画は人気を取り戻しましたが、キャプテン・マーベルは絶版のままでした。
1972年になってDCがFawcettの持つ全スーパーヒーローの権利を取得し、「キャプテン・マーベル」を復活させようとしましたが、1967年にMARVELコミックスが既に同名のキャラクターを発表していたため問題が生じ、DCはタイトルのみを「シャザム!」と改めました。
またDCは、Fawcettのオリジナルコミックの転載権を取得し、「シャザム!」と同様の手法で様々なヒーローを復活させようとしました。
しかしFawcettとのライセンス契約ではキャラクターを使用するごとに料金が発生するため、DCはキャラクターを使用する事に二の足を踏み、その結果ほとんどのキャラクター達が登場しないまま1978年にこの企画は終了となりました。
1987年にDCコミックスはミニシリーズでキャプテン・マーベルのストーリーを再開し、1980年に
Fawcettが倒産したこともあり、1991年までにはFawcettの持つ全権利を購入しましたが、MARVELコミックが「キャプテン・マーベル」の商標権を持っていたため、上手く軌道に載せることは出来ませんでした。
その後、2011年に全作品のリブートが行われ、キャプテン・マーベルはキャラクター名もシャザムに改名し、「The New 52」の一つとして復活し現在に至ります。
いかがでしたか?
アメリカン・コミックには実に様々なキャラクターが存在しており、現在でも「あのキャラクターは別作品のパクリだ」などファンの間で話題に登る事が多々ありますが、ここまで表立って裁判沙汰になったのは珍しいようです。
ちなみにFawcett社の設立は1939年であることから、設立とほぼ同時にDC社に訴えられ社史の前半ずっと裁判で戦っていた事になります。
当時はアメコミ勃興期だったからこそ、権利問題にはどこも特に敏感だったのでしょうね。
余談ですが、この訴訟は主題が大変判りやすく、この裁判の判決を下した裁判官が法学者の間で人気があることから、著作権法および盗作の分野で頻繁に例として挙げられるそうです。
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